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June 21, 2007
待たせる子ども 待てる親
夏を前にご相談も増えてきました。その中で気がついたことがあります。それは学年とともに、もうここまできたからと、最後の半年間、1年半を我慢させる親御さんが予想以上に多いことです。目の前のわが子が連日連夜に渡って塾で莫大な演習量をこなし、さらには帰宅後またさらに復習と宿題と、自分達にも出来ないほどの学習量かも知れません。そして、「わかってはいますが、それだけやらないと合格しないから・・・」です。つまり、今の勉強が志望校に合格するためだけの手段になっているということなのです。勉強は単なる手段なのでしょうか?いいえ、それは大きな間違いです。勉強は生きていくために必要なことですから、間違ったとらえ方をすれば生きていくことに影響を及ぼす重大な問題につながります。
つまり、何もかも犠牲にし、子どもたちの許容量を越える受験をしてしまうと、必ずその後で大きな傷跡を残します。精神的あるいは肉体的にも、取り返しがつかないことにもなりかねません。もう一度、原点に戻りましょう。目の前のわが子はいったい何のために勉強しているのでしょう。人はいつになっても学習を続けるのはなぜでしょうか。その先に答えが見えてくるはずです。
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今日の授業ではこんな場面を見て嬉しくなりました。辞書を片手に「ええと、『定義』とは概念の内容を限定すること。えええ!?『概念』?? ええと・・・事物の本質をとらえる思考の形式~!『本質』!?『本質』とは・・・あるものをそのものとして成り立たせているそれ独自の性質・・・」とまあ、ネットサーフィンではなく言葉サーフィンです。大人の辞書で言葉を調べても説明が難解で、さらに言葉を調べていかなければわからないのが現実です。ざっと、これだけでも十数分かかります。しかも、このように自分で言葉サーフィンが出来る子は意識の高い子に限られます。多くの子は途中でまあいいやとボードから下りて海から上がってしまうでしょう。このようなサーファーでは、大きな波には乗れません。その日一番の波に乗れる子は、じっと沖で待てる子です。こういう子こそ、本当の意味でのサーフィンの楽しさを体で満喫することでしょう。
待たせる大人と待つ子どもは避けたいものです。
投稿者 yoshinori_y : June 21, 2007 12:00 AM