「どつどど どどうど どどうど どどう
青いくるみも吹きとばせ
すっぱいかりんも吹きとばせ
どつどど どどうど どどうど どどう」
この歌は、主人公の又三郎のいわばテーマソングです。二学期の初日、山の分校に転校してきた又三郎。鉱山技師の子供でちょっぴり生意気な子は、忽然と現れ、忽然と去っていきます。
まるで二百十日の台風のように、ガラス戸をガタガタ鳴らし、木々を青じろく揺らして登場したので、子供たちは「風の又三郎」というあだ名をつけました。一年生から六年生まで一緒に授業を受け行動する様が、それぞれの学年に応じて個性豊かに描
かれています。
竹中直人が、山の小学校の子供たちのわんぱくさをいきいきと表し、風の又三郎の不思議さや自然への畏敬を情感豊かに語ります。
【風の又三郎】上
【風の又三郎】下
「どつどど どどうど どどうど どどう
青いくるみも吹きとばせ
すっぱいかりんも吹きとばせ
どつどど どどうど どどうど どどう」
この歌は、主人公の又三郎のいわばテーマソングです。二学期の初日、山の分校に転校してきた又三郎。鉱山技師の子供でちょっぴり生意気な子は、忽然と現れ、忽然と去っていきます。
まるで二百十日の台風のように、ガラス戸をガタガタ鳴らし、木々を青じろく揺らして登場したので、子供たちは「風の又三郎」というあだ名をつけました。一年生から六年生まで一緒に授業を受け行動する様が、それぞれの学年に応じて個性豊かに描
かれています。
竹中直人が、山の小学校の子供たちのわんぱくさをいきいきと表し、風の又三郎の不思議さや自然への畏敬を情感豊かに語ります。
【北守将軍と三人兄弟の医者】
ある日突然、街の入口に九万の軍勢を従えて将軍ソンバーユーが帰還します。長い年月の砂漠生活で将軍は馬から一度も降りず、体が固まってしまい体には植物のようなものがびっしりと生えています。そこで治療にあたったのが三人兄弟の医者。リンパー先生が人、リンプー先生が動物、リンポー先生が植物の名医だったのです。
スケールの大きな物語は想像力も壮大です。
古谷一行の威厳ある語りで味わってください。
【氷河鼠の毛皮】
真冬の夜、イーハトヴから北の果てのベーリングへ向け出発した急行列車の中で起こった事件です。氷河鼠やビーバーの毛皮を着込んだ金持ちが大威張り。一人は黒狐の狩に向かうところで、九百匹も仕留めるんだと威張ってます。列車は途中熊の襲撃に遭い、毛皮の金持ちが懲らしめに連れ去られようとします。
この作品でも賢治は動物の味方で人を戒めようとしますが、決して傷つけたりはしません。
古谷一行のスリリングな語りをお楽しみください。
【グスコーブドリの伝記】上
人々を自然の災害から救おうと、命がけで立ち向かうグスコーブドリの壮大な物語です。
木こりの家に生まれ、幼年時代を森で幸せに暮らすブドリ。しかし十才の年に村は突然飢饉に襲われ、両親は家を出たきり行方不明になってしまいます。
そして、その後にやってきたのは、蚕で一儲けしようという男。それも火山の噴火で失敗し、ブドリは森を出て沼ばたけで一生懸命働きます。
やがてイーハトーブの市に出てクーボー大博士に認められたブドリは、イーハトーブ火山局に雇われます。ペンネン技師の教えで火山活動の観測を始めたブドリは噴火を事前に鎮めることに成功し、幸せな生活を送ります。やがて異常気象から人々を守ろうと対策を思いついたのですが…。
飛行船に乗る博士が登場したり地震感知の測定器を張り巡らしたり、と賢治の想像力は未来の科学の発展や災害問題を見通していたようです。
三上博史の朗読は聴き手をドキドキ、ワクワクさせ、物語のスケールの大きさを巧みに伝えます。
※本朗読作品中には現代ではふさわしくない表現が含まれていますが、著者が差別助長の意図で使用していないことを考慮し、原作に忠実に再現しています。
【グスコーブドリの伝記】下
人々を自然の災害から救おうと、命がけで立ち向かうグスコーブドリの壮大な物語
です。
木こりの家に生まれ、幼年時代を森で幸せに暮らすブドリ。しかし十才の年に村は突然飢饉に襲われ、両親は家を出たきり行方不明になってしまいます。
そして、その後にやってきたのは、蚕で一儲けしようという男。それも火山の噴火で失敗し、ブドリは森を出て沼ばたけで一生懸命働きます。
やがてイーハトーブの市に出てクーボー大博士に認められたブドリは、イーハトーブ火山局に雇われます。ペンネン技師の教えで火山活動の観測を始めたブドリは噴火を事前に鎮めることに成功し、幸せな生活を送ります。やがて異常気象から人々を守ろうと対策を思いついたのですが…。
飛行船に乗る博士が登場したり地震感知の測定器を張り巡らしたり、と賢治の想像力は未来の科学の発展や災害問題を見通していたようです。
三上博史の朗読は聴き手をドキドキ、ワクワクさせ、物語のスケールの大きさを巧みに伝えます。
※本朗読作品中には現代ではふさわしくない表現が含まれていますが、著者が差別助長の意図で使用していないことを考慮し、原作に忠実に再現しています。
【やまなし】
「クラムボンはわらったよ。」
「クラムボンはかぷかぷわらったよ。」
これは谷川の底で暮らす二匹の蟹の子供たちの会話です。
射し込む陽や月の光、泡つぶなどが美しく描かれ、幻灯で写し出された光景という珍しい設定がなされています。
常田富士男のほのぼのとした語りは川底の情景を映像詩のように浮かび上がらせます。
【虔十公園林】
「お母、おらさ杉苗七百本、買って呉ろ」
今まで何一つ頼んだことのない虔十が親にねだりました。そして家のうしろの野原に一生懸命杉を植えました。周囲のものに馬鹿にされながらもせっせと世話をしたお陰で、立派な子供たちの遊び場が出来上がります。それが「虔十公園林」です。
常田富士男が少年の偉業を暖かい眼差しでくるんで伝えます。
【鹿踊りのはじまり】
ある日、湯治に向かう嘉十がすすきの野原で一休みしたときのこと、うっかり手拭いを置き忘れてしまいました。それを見つけた鹿たちは興味津々。かわるがわるおっかなびっくり突っついては飛び退きます。これが鹿踊りの始まりだというのです。身を潜めて一部始終を見ていた嘉十は、ついには鹿たちと一緒に踊ろうと飛び出してしまいます。
常田富士男が鹿の会話を面白おかしく聴かせてくれます。
※本朗読作品中には現代ではふさわしくない表現が含まれていますが、著者が差別助長の意図で使用していないことを考慮し、原作に忠実に再現しています。
【気のいい火山弾】
「ベゴ石は、稜がなくて、丁度卵の両はじを、少しひらたくのばしたような形でした。」
ほかの石にはみんな角があるのにベゴ石にはありません。そこで石仲間たちから「角がない」、と散々からかわれます。それでもベゴ石は決して怒りません。みんなの話をまじめに聞いて真剣に答えるのです。実は、ベゴ石は石のなかでも貴重な火山弾だったのです。この作品も賢治の弱者に対する愛情がよく表現されています。
弓削智久の素直な暖かい語りをお楽しみください。
【狼森と笊森、盗森】
「小岩井農場の北に、黒い松の森が四つあります。いちばん南が狼森で、その次が笊森、次は黒坂森、北のはずれは盗人森です。」
森に囲まれた地に四人の百姓たちがやってきて、「ここに畑起してもいいかあ」、と森にちゃんと許可を受け、住み始めます。森にはそれぞれ特徴があり、一つ一つの森と交流しながら、百姓たちは生活を育んでいきます。神秘的な森が擬人化され、人々の営みがいきいきと描かれた作品です。
弓削智久の素朴な情景描写をお楽しみください。
【ひかりの素足】
「その人ははだしでした。まるで貝がらのように白くひかる大きなすあしでした」
一郎と楢夫は父親の働く炭焼き小屋から帰る途中、付き添いの馬引きとはぐれてしまいます。なんとか弟の楢夫を励まし前進しようとする一郎ですが、やがて二人は雪に埋もれてしまいます。
いつの間にかうすあかりの国へと入り込んでしまった一郎と楢夫。そこは鬼たちの支配する地獄のような場所だったのです。鞭打たれ、傷ついた体を引きずりながら沢山の子供たちが走っています。弟の楢夫を必死でかばおうとする一郎の前に足先の光る人が現れます。
「風の又三郎」にも通じるこの作品は、子供たちの無鉄砲さと純粋さ、そして彼岸と此岸の境界を描いています。裸足になって足の傷ついた子供たち、真っ白な大きな素足の人など、足の状態がその世界を象徴しているようです。
萩原聖人が子供たちの不安感や恐怖心を繊細に表現し、感動深く語ります。















